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トラックバックテーマ第789回「あなたにとっての平和とは?」

こんにちは!トラックバックテーマ担当の加瀬です! 今日のテーマは「あなたにとっての平和とは?」です。 本日は、広島原爆の日です。64年前の今日、広島に原爆がさく裂し、沢山の尊い命が奪われました。すっかり平和になった今日ですが、今でも当時の原爆を経験した苦しみと戦う方がおり、その傷は癒える事はありませ...
FC2 トラックバックテーマ:「あなたにとっての平和とは?」



初めて被爆者の方と実際に話したのは20代初期の頃。
大学の教授で、被爆者である教授は「どんな理由を持っても核を持つべきではない」と強い信念を持っていらした。
しかし核抑止の方が現実的ではないか、もし核を1強国だけが保有していたら、バランスが崩れ核を盾に侵略してきたらどうするのか、核の傘のもと、今の日本の平和はあるのではないか、という問いに、聖書を引用し
「右の頬をぶたれたら左の頬を差し出せ、とイエス様も言ってらっしゃるだろう?」
と答えられた。
とてもビックリした記憶で、今でもその時の教授の表情や研究室の風景を覚えています。
私にはとても理解できなかった。



毎年夏になると決まったように同じ映画が放映されます。特別番組も組まれます。
正論だと分かっていることを再確認させられるようなそんな季節、押し付けられているようで息苦しくなったりもしました。
実感度が薄いことは正論だと知っていても、教科書を暗記しただけにすぎなく、応用が利かないのと一緒です。

広島にも長崎にも訪れたことがなく、核抑止論寄りでなんとなく過ごしてきたけれどこれじゃいけないんじゃないか、と感じ出したのはネット上で被爆3世の方の記事を読んでからです、ちょうど2年前の8月7日。
あの時ちょうど公開されていた映画を今年やっと観て、衝撃だったのは生き残ったことに罪を感じながら生きる被爆女性の姿でした。
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被爆の小説は沢山あるだろうけど、正直読むのはつらいだろうと予測してしまい避けていました。しかしリンク先で何度も記事の中に引用され気になり手にとってみたのが「黒い雨」でした。

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一気には読みきれず、長い間カバンの中に入っていました。
作品名をしったのは映画化されたとき日本アカデミー賞主演女優賞を田中好子さんが受賞し、「おお、キャンディーズのスーちゃんだ!」と思った20年前。
あれから20年。
この「黒い雨」の原本と言われている「重松日記」を先日図書館から借りてきました。

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終戦から64年。被爆国となって64年。
オバマ大統領がプラハで「核兵器なき世界を目指す」を宣言した。
世界で唯一核兵器を使用したことのある核保有国のTOPが道義的責任を認めた。
もちろん、政治的背景があっての発言かもしれないし、大統領自身が言うとおり、生きてその成果を見ることはできないだろう。

今年は被爆3世の方の記事を拝読することが多かったです。
ネッ友さんでも初めて告白記事を書いた方もいました。
ビックリしたけれど、たとえネット上の付き合いだとしても、文字に残された気持ちは伝わってきたし、告白されたことを感謝する気持ちも湧き上がってきました。
そのうち被爆3世、4世、5世という時代になります。
傘の下からでも世界で唯一の被爆国として、被爆の壮絶な世界を風化させることなく語り継ぐことが被爆国としての責任であり平和に繋がる道で、それは個々が意識的に為していけばどんどん伝わっていくのではないでしょうか。
被爆者だった教授の言いたかったのは、自分の身を呈してでも伝えていく、伝えてかねばならないことなんだ、ということなんじゃないか、と、今年やっと感じました。

テーマ : 伝えたいこと
ジャンル : 日記

Secret
(非公開コメント受付中)

私は「夕凪の街 桜の国」は漫画の方で読みました。作者のこうの史代さんが書かれた「この世界の片隅に」という漫画も戦時中の広島が舞台で、読み終わった後気持ちだけでなく身体にも衝撃を受けるような感じでした。戦争って本当にあったんだなと、改めて実感しましたよ。
友達のご主人が被爆2世でお子さんは3世なのですが、後遺症についての不安はずっとあるという話をしていました。過去でなくずっと続いていくことなんだということを忘れてはいけないんだと思います。

伝えることは大事ですね。自分も戦争は知らないけど、自分たちの小さい頃は必ず学校でも戦争の映画を見せられていたし(「はだしのゲン」とか「猫は生きている」とか「ふたりのイーダ」とか・・。いくつになっても忘れられません。)、大人達からたくさん聞かされました。そのたびに「戦争は怖い」「戦争のない時代に生まれてよかった」と思いました。(実際にはあちらこちらで戦争があるけれど・・。)
今は学校でも戦争の映画とかみることもないようだし、小学生くらいだと祖父母ももう戦争体験者でないことが多く、話を聞く機会もほとんどないみたいですね。自分たちが感じる平安時代とかそんな昔のことのように「太平洋戦争」を思っている子もいます。
だから子ども達にもなるべく伝えたいと思っています。
>柿実さん
私事で恐縮ですが、父方の祖父は戦死、母方の祖父も生還しましたが足を悪くしていました。叔父は軍医として南の島で終戦をむかえました。
叔父から戦時中の話を聞くことはありませんでした(語ることが出来ないくらい重かったようです)が、母が農家に直接出向き食料を調達した話は聞いていました(つまりヤミゴメってやつです)。
また、長野県の上田市に「無言館」(戦没画学生慰霊美術館)があります。
美術学校で、あるいは独学で美術を学んでいたけれど若くして戦没した画学生の遺作・遺品を集めた美術館です。美術的価値があるかは分かりません。ただ、画材、色あせた写真、戦地からの手紙、戦地での様子を描いたスケッチブック、招集令状、それから戦死報告。この美術館は上から見ると十字架の形になっています。

伝える、という手段はなんでも良いと思います。
漫画、小説、映画、建物、メモリアルパーク、等々、伝達される媒体は沢山溢れています。
ただ、受取側がどれだけ身近に感じるか、心に残すか、それはもちろん受取側の状態によるのですけど、より身近な存在から受取った方が響くのではないでしょうか。自分がいつ、誰に、どのように伝えられるのか分からないけれど、自分も受け手として敏感で居ることが伝える側としての準備なんだろうな、と思っています。

> 「夕凪の街 桜の国」「この世界の片隅に」

柿実さんの記事、覚えていますよ。
私が「夕凪の街 桜の国」を知ったのは漫画が最初でしたが、映画の宣伝で主演女優さんが語っていた言葉が胸に響き、ちょうどその日にとあるブログで被爆のことが記事になり、その頃柿実さんのブログでも話題になったような記憶があります。だから私が原爆のこと、被爆のことを深く考え始めたのはお二人のブログ記事からでした。20代の頃の記憶もそのとき蘇ってきたわけです。つまり伝わってきた。
お二人のその記事にはとても感謝しています。

> 今は学校でも戦争の映画とかみることもないよう

うちの子達は小学校で「火垂るの墓」を毎年見ていたようです。でも、半強制になっているので、どこまでどうなのかは判りません。(毎年またこれなのー、のイメージですね)
ただ、いつか深く考えるキッカケになってくれれば良いな、と思っています。
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