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トラックバックテーマ第756回「人を叱ることが出来ますか?」
「人を叱ることが出来ますか?」

叱る。。。というのがピンと来ませんけど、最近だとユニクロ行った時でしょうか。
サングラスを見に行ったらサングラスの飾り棚がクルクル回っていて、
あれ?と裏を見たら小さな女の子がぐるぐる回している。
「これ、おもちゃじゃなくて売り物だから回さないでね」
と、言ったら、うなづいて女の子は回すのを止めました。
あれは叱ったことになるのだろうか?

最近は「褒めて育てる」とか「褒めて伸ばす」と言いますが、
あれってホントですか~?ちょっと違うんじゃないでしょうかね。
もちろん褒められるってことは生活する上で必要なことだし嬉しいことです。
でも、自分を振り返ってみてつくづく感じるのですけど、
褒められたことより叱られたことのほうが自分の中に残っているし、
叱られたことで自分が変われたり学ばされたことは多い、実になっています。
仕事でも日常生活でも、ダラダラしていてまずいなーと思っていても
中々転換できないことってあります。
その時、叱られたりするとリスタートできたり、自省できたり、と、
他力によってですけど、自分の肥やしになったのを感じたり。
叱られるってのは、ありがいことだなーと。
叱るほうにも覚悟がいるでしょうし、叱った後って嫌な気持ちになったりするでしょ?
それを超えて叱ってもらえる、ってのは幸せだって思います。
まあ、理不尽なことで叱られる場合もあります。
その時は、何故?って思ってその人とコミニュケーションを図る。
それはそれで前進できることじゃないでしょうか。
後遺症はしばらく残りますが。。。それもまた、じっくりと熟成されて
自分の中で消化させようとする過程の一つ一つが大切な時間に思います。

それに自分はちょっと斜め見る癖があるからか、
褒められると確かに嬉しい気持ちは否定しませんが、「はあ。そうですか。で?」
と、妙に居心地悪かったりします。
気分は上昇し自信に繋がるかもしれないけど、どこか脆い。
1度折れた骨は丈夫になる、って言いますが、
叱られるって、それに似ているかも。
頑固になるっていう意味じゃないですよ(笑)
アナタはどうですか?


こんにちは!トラックバックテーマ担当の水谷です! 今日のテーマは「人を叱ることが出来ますか?」です。 人を叱ったり、諭したりするのって難しいですよね。怒るのではなく・・・叱ることが出来るようになりたいと思います。水谷には、まだ、子どもがいませんが子どもを育てたりすると、叱ることが出来ないといけませんよね。気分次第で鳶..
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テーマ : つぶやき
ジャンル : 日記

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(非公開コメント受付中)

う~ん
人を叱るより諭す方がいいかなぁと。
叱るってなんだか上からの立場で かつ ヒステリックなタイプが洋の東西を問わず多いように感じます。
百さんが感じるような叱り方をする人ばかりだといいのですが 実際見てると感情垂れ流しが多くて。

かくいう私は叱られる側なので そんな風に感じるのかもしれません。
No title
>最近は「褒めて育てる」とか「褒めて伸ばす」と言いますが、
子供のうちはこれが大事だと思います。
もちろん悪いことは叱るし、常識やマナーは教えるべきです。

子供のうちに十分に褒められて育った人が
.>褒められたことより叱られたことのほうが自分の中に残っているし、
叱られたことで自分が変われたり学ばされたことは多い、実になっています。
と思える大人になれるのです。

私は褒められずに育ったので
叱られるとガックリきて、落ち込んで、腐ってしまいます。
褒められ足りていないのです。
大人になって、たまに人から褒められることがあるけど
それを素直に受け止められないし、
なかなか自信につながりません。

「自分は褒められて伸びるタイプなのに」と思う人も結構多いと思うんだけど、
子供の頃から褒められて甘やかされてばかりでそうなったとは限らないと思うんです。
褒められるとしても、叱られるとしても、
たっぷりと愛情を注がれていると子供の時に感じられたかどうかが、
その後の性格を決めると思います。

それから後は外部からの刺激を利用して、
色々自分で考えて、気づいて、自分を育てていくしかないと思ってます。
他人の言葉で気づかされるのではなく、気づくことができたということが
自分の成長につながっていくと思ってます。
>プリシラさん
> 人を叱るより諭す方がいいかなぁと。

諭す、というのは理想ですね
昨年今年と、PTA役員をやっているのですが、
やはりPTA歴任されているママさんって諭し上手で凄いなあ、って思います
あそこまでいけばもう、技としかいいようがない(爆)

私の場合息子とは感情のぶつかり合い、喧々囂々となります~
娘とは頭脳戦になるので、諭すほうに傾いておりますが(笑)

> 感情垂れ流しが多くて。

極論かもしれませんが、感情の垂れ流しでもいいと思うんです、
その人の人となりが分かるので。
だから逆に、感情垂れ流しで怒らないようにしなければ!と、コントロール制御が利きます。
息子相手だとその必要がないので爆発するのかしら??(えっ
>睦月さん
自分自身の通過してきたことを振り返ったり、色々な子供を見ていると思うのですが

> 子供のうちはこれが大事だと思います。
> もちろん悪いことは叱るし、常識やマナーは教えるべきです。

その通りだと思います。「褒められる」ことで子供は愛を感じますから。
ただ、褒められる=愛されている、という図式だけでは足りないと思います。
これは大人の責任だと思うのですが、叱れないしマナーや常識を教えられず
目線を変えて別のことに気をそらすために褒めたり、目をつぶったり、という傾向が多いと感じます。

私自身がどうだったか、というと、褒めら育てられたという記憶はありません。
親には叱られるというより、よく言えば叱咤激励って言うんでしょうか、
でも、子供のときはなにやっても貶されるなあ、と思っていました。
子供ながら非常に理不尽に思い(そう感じるまでにはある程度の年齢が必要ですが)
「叱る」ということ、「褒める」ということ、その行動を非常に冷静に見ていました。
だから 私も褒められることに関しては

> それを素直に受け止められないし、
> なかなか自信につながりません。

同じです。
ただ、ちょっと違うのは、個人的な感じ方で恐縮ですけど、自分自身そういう育ち方をしているので褒められることにあまり愛を感じないのです。
反面、他の方を褒めるのは割としますし、褒められることは大切なことだと思います。

愛されているのに気づくのって、とても難しいことだと思います、特に肉親だと、当たり前の日常の一風景だったりしますから。でも、愛されているのに気づくのは大切なことなんですよね。

> 「自分は褒められて伸びるタイプなのに」と思う人も結構多いと思うんだけど、
> 子供の頃から褒められて甘やかされてばかりでそうなったとは限らないと思うんです。
> 褒められるとしても、叱られるとしても、
> たっぷりと愛情を注がれていると子供の時に感じられたかどうかが、
> その後の性格を決めると思います。

確かにそうです。
ただ、難しいなと思うのは、愛情を注がれたと感じる愛情の度合いが個々によって違う点です。そう考えると愛情を注がれていたのに気づくかどうか、に早い遅いはないのではないでしょうか。注がれている愛情に気づく、それがいつだったとしても、そこが鍵のような気がします。
子供の頃に性格は形成されるかもしれませんが、性格って変えられると思うのです、勿論大変ですが。
「自分を変えたいと思ったら、昨日と違うことを、今日してみること。 ちょっとずつ違うことをしていったら、いつか変わっているから。」
昔お世話になったお友達のお母さんに頂いた言葉です。ホント、そうだなあ、と思えるようになるのにはかなり時間が必要でした。他人の言葉や本や映画や他者から得た感情とか、ひっかかること(睦月さんのおっしゃる「気づくこと」と同じ気がします)をいろんなことを経て自分のものにすることが成長するってことじゃないかな、と思います。

時間を頂いてすみませんでした。色々考えさせられました、コメントありがとうございました。
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