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言葉の意味【修正】
先月終了したオリンピックでの事。
元福田首相が開会式前に選手村で「せいぜい頑張ってください」と日本選手団に挨拶し、話題?になっておりました。この『せいぜい』って言葉に反応したのがNEWSになったのは東京都の石原慎太郎知事。
定例記者会見で、「せいぜいってどういうことなんだ。総理大臣が日本の選手にかける言葉とは違うと思うね。そのせいか、日本勢は振るいませんな」と批判しました。

じゃあ、この「せいぜい」ってどういう意味なのか、って広辞苑で調べてみると、って大体のおうちに広辞苑があるのかどうか分からないので、YAHOOで調べてみると、副詞としては二つの意味があるのです。

 【せいぜい】
1. 能力の及ぶかぎり努力するさま。できるだけ。精いっぱい。
  「―おまけします」「―養生して下さい」「病み上がりで、近所を散歩するのが―だ」
2. できるだけ多く見積もってもその程度であるさま。たかだか。
  「遅くても―二、三日で届くだろう」「高くても―一万円だろう」

(大辞泉より)

元首相は1の意味で使用したのでしょうけれど、石原さんは2の意味に取ったわけです。今の庶民の間ではやっぱり2の使用法の方が多いんじゃないかって思うんですね。ちょっと後ろ向きっていうか、まーこんなもんだろうね、っていう使いかたの方が一般的に主流な感じがしませんか。

同じような例で「他力本願」って言葉があります。
「全く!人任せで、他力本願なんだから!!!」って愚痴ったりしません?自力の逆は他力ですから、使い方としては間違っていないと思います。
でも、この「他力本願」って元来仏教用語なのです。

【他力本願】
1. 仏語。自分の修行によるのではなく、阿弥陀仏の本願の力にすがって極楽往生を願うこと。
2. 自分の努力でするのではなく、他人がしてくれることに期待をかけること。人まかせ。

(大辞泉より)

つまり「他力」っていうのは人間の力ではなく阿弥陀仏の本願力を指すわけです。

親鸞が『教行信証』で「他力というは如来の本願力なり」と書いているように阿弥陀仏の本願の働きであると浄土教側は解釈する。ここで、本願とは仏自身が立てた「願」であって、その願力によって衆生は浄土へ往生することができるから、「他力本願」といわれる。「他力」とはそのまま「阿弥陀仏の本願の働き」であり、さらに自らの働きもしくは行によっては往生は成就しないということをも意味しているとされ、この意味で、「他力」の対語は「自力」であるが、浄土教ことに浄土真宗では「自力」の対語は「他力本願」であり「他力」ではない。(Wikipediaより)

 
言葉というのは、時代とともに、生活とともに変化し生き続けているものだと思います。外来語なんか見るとよく分かると思うのですが、元来日本には無かった物ですし、私の子供の頃に比べてもどんどん増えています。今回の二つの言葉も元来もっていた意味を知っている人よりも他の引用の意味合いで使用している人のほうが多くなっているわけです。

そして言葉って人によっても微妙なニュアンスで意味の取り方が違うから難しい。受け取り手の知識にも左右されるし、その時の状況や感情にも左右されます。どんなに誉め言葉を言っても、その人の立場や環境、職業、その時の心情によってむしろ逆の意味合いに取られることもあります。自分の思っている意味が全ての人共通なんて思わない方が良い、と。
そしてまた、言い方、表情、状況にも左右される。つまりその言葉を話し掛ける方の心情や日頃の人間関係がものを言うわけで。
この福田元首相なぞはいい例になってしまったな、と石原都知事定例会見での発言読んでつくづく思いました。

人の振り見て我振りなおせ、という事で教訓にして気をつけたいです。

石原都知事の定例会見のNEWSはこちら↓
「せいぜいってどういうことなんだ」石原知事、福田首相を批判

「他力本願」の使用の仕方であった様々な出来事はこちら → 「他力本願とは」

言葉を話すのは人間だけだということを考えると諦めたくはないのですが、心を言葉に込めて相手に気持ちを伝えるというのは中々難しい。
今回のように首相は心のそこから本当に「頑張れよ」と言っていたかもしれなくても、受け取り側や周囲はそう取らないって良くあることです。
自分の言葉が相手に通じないな、と感じることほど虚しいことはないと思うし、何言ってんだか分かんないな、ってすれ違う事が多い時代。
でも、分からないことは分からないってことが答えだと思うし、分からないのに分かる、とは言えないし、違うんじゃないかなって考えることは大切だと思うんです。違っていい、っていうか、みんな同じだったら気持ち悪いと感じませんか?変だと感じません?
違いをはっきりさせながら共存していく、それでいいんじゃないでしょうか。日々精進です。

テーマ : 日々のつれづれ
ジャンル : 日記

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(非公開コメント受付中)

No title
「せいぜい」に1の意味があることはNHKの「ことばおじさん」で知っていたので
さすが福田さん正しい言葉を知ってらっしゃる・・・と思っていました。
そこで石原都知事の発言ですが。
私、石原さんが「せいぜい頑張ってください」って言ってる映像を見たことがありますよ。
その時もさすが石原都知事、作家だしね・・・って思ったんですが。
まさか2の意味で言ってたんじゃないですよね?(笑)
1が正しい意味ってわかってても世間にどう受取られるかを考えると良い表現ではないって言いたかったのでしょうかね。
でも石原さんだってちょっとカッコつけて1の意味で使ったんじゃないかと思いますけどね(笑)

日本語って難しいですね。


>睦月さん
お久しぶりです。
そうですねえ・・・・・なんたって石原さんですから(笑)
石原さんが1の意味を知っていると仮定したとき。
おっしゃるように
A:福田首相が1の意味で言っていたと石原さんも思った。
→1の意味を知っている、もしくは1の意味で受け取る選手がどの位いると思ってんだ?少数なんじゃねーか?そのぐらい考えて相手に伝わりやすい言葉で発言しろよっ(怒)

か、定例会見のNEWSを読んで貰うと書いてあるのですが、

B:開会式で福田さんが立ち上がらなかったことに腹を立てて、1の意味で言ったことが分かっていたけど、その態度は1じゃねーだろー、と、2の意味に摩り替えて怒った

のどちらかだと思うんです。
石原さんだとBもありえるかなーって。
まあ、「言葉なんて生きてるもんさ、若者に接する時には若者がとりやすい方に話すのが礼儀だろ?カッコつける場所ってのをワキマエロヨ、ダセエナ」というケースもありかもしれません(笑)
でも、1の意味をすっかり忘れてしまったっていうケースもありかも(爆
福田さんはその後「せいぜい」をどういう意味で使用したのかとか語っておられません。疲れちゃったんでしょうね。
官房長官時代のように「皆さん、ご存じなかったんですか?」なーんて言って欲しかったりもする。

日本語、本当に難しいですね。
最近、意味がすれ違っても怠惰に放置しがちなので、中々考えさせられました。
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